【関根珈琲舎】第9回 「人の色」  2006/12/1記事

こんにちは、ピュアネットジャパン株式会社の関根です。

今月も珈琲一杯分の時間だけ、ぜひお付き合いくださいね。

 

さて今回は、人の色ということでお話をしたいと思うのですが、人の色と言っても、白人とか黒人とか、黄色人種という話ではありませんので悪しからず…。


私は、仕事やプライベートでいろいろな人とお付き合いをする中で、第一印象や、自分の感じるままの感覚を信じることにしています。


私はもともとあまり人付き合いが得意な方ではなく、そんな苦手意識があったからかもしれませんが、20歳代から30歳代にかけては、努めてどんな人とでも付き合えるようにしなければならないという使命感みたいな感覚がありました…。

 

そうしないと仕事も上手くいかないのではないかという意識があったのかもしれません。


ですからどこに行ってもまんべんなくいろいろな人とお話しをするようにしていましたし、なるべく話も合わせるように努めていました。


でも中には、どうも感覚が合わない人がいるんですね。

 

それは話の内容とか趣味とかが合わないということではなく、何となく気が置けないというか、安心できないというか、そんな感覚でしょうか…。

そういう人は何度会っても、打ち解けているような会話をしていても、駆け引きじみた緊張感があったり、何か違和感を感じていたり、とても疲れたりするんです…。


それでも20歳代、30歳代は、自分の付き合い下手、会話下手がそう感じさせるんだという意識がありましたので、そんな感覚を覚えた人とも分け隔てなく深く付き合い、そして幾度となく、仕事上のお付き合いもしました。


ところがそんな感覚を感じていた人とは、どこかで必ずといっていいほどトラブルが起こるんですね…。

 

自分の気持ちに無理を強いてお付き合いをしたのに、仕事上は、かえって大きなマイナスとなる事態も幾度となくありました。

そしてある大きな事件をきっかけに、自分の中であきらめがついたというか、割り切れたというか、答えを出したんですね。


それは「気の合う人とだけでも、十分仕事はできる。」ということなんです。

 

良く考えてみれば、世の中のすべての人と合わせられるはずがないわけですし、幾度かの失敗でかえってその方が近道であるということに気づきました。


そのように考えるようになってから、とても自分自身も気持ちが楽になりましたし、違和感を感じる人とは「この人は自分と仕事をする役割の人じゃない」と割り切れて、無理に合わせて疲れることもなく、かえってコミュニケーションも円滑になっているような気がします。


人の常識とか、ものさしって、信じられないほど違うものなんですよね…。


トラブルや喧嘩になる時って、必ずといっていいほど「何であんな事するんだか、信じられない!」って話になりますが、それはどちらが正しいとか、間違っているとかではなく、人種が違うんだと思うんです。

 

人種が違えば文化も違い、また常識も違うわけですから、理解できないのが当たり前ですよね。


 同じ言語をしゃべるから、割り切りにくいですが「同じ日本人と仕事をした方が、言語がいっしょだから仕事が早い」という感覚で、気の合う人と一緒に仕事をすることを考えたらいいと思うんです。


それを私自身は「人の色」の違いと言っています。なかなか洒落ているでしょ!?

 

気の合う人というのは、一緒にいて何となく安心できる人、そんな人は意外に常識やものさしも似ている気がします。


そうして「人の色」の違いを認識することで、苦手な人も「自分と住む世界が違う」と割り切れるようになり、かえってコミュニケーションは円滑になりますし、人にも腹が立たなくなるんですね。


私自身は、そう考え始めてから、仕事もプライベートもとても良い循環ができているような気がします。結局は自分の心の持ち方なんでしょうね。それでは、また来月!

 

《2006年12月1日発行 「玄米工房情報ふぁ〜む」コラム記事 関根珈琲舎より》