【関根珈琲舎】第39回「皇室献上米と勤労感謝の日の意外な関係」2009.12

皇室献上米農家.jpg
 

 

信州ファーム荻原さんより、つい先日、皇室献上米に選ばれたとの連絡が入りました。

そしてこの11月23日に皇居に紋付袴で献上に行ったそうです。

荻原さん、おめでとうございます!

 

 さてそこで今回は皇室献上米についてのお話しをしてみたいと思います。
 「皇室献上米」という言葉は耳にしたことがあっても、宮内庁に届けられるお米なんだろうな…という程度の認識しかない方が多いのではないでしょうか?

 

 実は、皇室献上米というのは、毎年11月23日に行われる「新嘗祭(にいなめさい)」と呼ばれる宮中での行事に使われるお米のことなんですね。
(ちなみに「新嘗(にいなめ)」とは、その年に収穫された新しい穀物のことをいいます。)

 

 さて11月23日といえば…?
そう、勤労感謝の日。たまたま偶然に新嘗祭が、勤労感謝の日に当たったわけではないんですヨ。
 実はこれには、とても深い関係が、あるんです。

 

さてその「勤労感謝の日」ですが、戦後の昭和23年(1948年)に「国民が勤労を尊び、生産を祝い、互いに感謝し合う日。」として制定されました。
 実は、この勤労感謝の日、第二次世界大戦後のGHQの占領政策の中で、天皇行事である「新嘗祭」を勤労感謝の日として改めたという経緯があります。


 この1948年当時、日本はまだ米軍の占領下にありましたが、占領軍の中では、国家神道と結びついた「新嘗祭」という行事を危険視する動きがありました。
 それがきっかけとなって、米国の「Lavor Day(勤労の日)」と「Thanksgiving Day(感謝の日)」を併せた「Lavor Thanksgiving Day(勤労感謝の日)」が考案されたという話です。
 戦前から軍国主義そのものといった感じの当時の日本は、今の北朝鮮と同じように思われていたのかもしれませんね。

 

 「新嘗祭」そのものは、国を挙げての収穫祭といった感じのもので、天皇が国民を代表して、農作物の恵みに感謝するという式典です。
 いつ頃から行われていた式典なのかは、はっきりしていないようですが、古くは642年、皇極天皇の時代に、行われたという記述が日本書紀に残っています。

 

 また昔は、新嘗祭が終わるまで、その年の新米は誰も食べないというのが習わしだったそうです。
 歴史のあるとても大事な式典だったということが、このことで良くわかりますね。

 

 新嘗祭でも、天皇が即位して最初に行うものを特に「大嘗祭」といい、これが実質的にその天皇の即位を天下に知らしめる大規模な祭典となっていたそうです。
 直近では、1990年(平成2年)11月に今の天皇陛下即位に伴う大嘗祭が執り行われました。

 

 そんなわけで、勤労感謝の日にとり行われる「新嘗祭」に、奉納されるお米を一般的に「皇室献上米」と呼びます。


 皇室献上米は毎年、いくつかの県から厳しい審査を経て選ばれます。
 それらのお米の奉納を受けて、天皇が五穀の新穀をすべての神々に勧め、自らもこれを食して、その年の収穫を感謝するといった祭儀で、現在は、宮中三殿の近くにある新嘉殿というところで執り行われているそうです。

 

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