【その3】自分が作ったお米を食べたことのない生産者たち

 旧食管法時代、政府の管轄下において、大半の産地ではカントリーエレベーターという巨大なサイロを作り、このサイロで地域の生産者が作ったお米を保管流通していました。

 ここで問題なのは、地域のお米を混ぜこぜにしてしまい、○○産コシヒカリ、○○産あきたこまちというように出荷するのですから、生産者個々の責任など一切ありませんし、まして美味しいお米を作ろうという生産者の自助努力などあろうはずもありません。

 余談ですが、かの有名な大潟村では自前で乾燥調整施設を持たず、刈り取り後そのままカントリーエレベーターに持ち込み出荷してしまうため、自分が作ったお米を食べたことのない農家が数多くあるそうです。現在でも村の4分の1ほどの農家がそうだと聞きます。(2002年現在)

 また当時は施肥設計や、農薬散布など、すべてにおいて農協の指導によるところが大きかったのですから、先ほどの美味しいお米を作る3大条件の2番目、人による栽培方法の違いという部分が全く欠落してしまっていたわけです。

 そうすると第1条件の種(品種)と第3条件の自然(産地特性)で判断するしか方法が無かったわけで、魚沼産コシヒカリが良いとか、秋田県産のあきたこまちが美味しいなどといった「産地銘柄信仰」が確立されていったのでしょう。